『中南米の悲恋の物語二話』=メキシコのポポカテペトルとイスタシワトル、ボリビア/ペルーのカンツータ=

2020.5.24.

 

今のメキシコ市は、その昔、湖水であって、そこにアステカ王国の都が建設された。

今は、ほとんど水はひいてしまい、盆地にメキシコ最大の都市が築かれている。

この都から、美しい二つの山が眺められ、その山が都を見守っているように見える。

その一つが、標高5,426メートルの『煙を吐く』と言う意味のポポカテペトル山(Popocatepetl)と、もう一つが標高5,286メートルの『白い女』と言われる、イスタシワトル山(Iztaccihuatl)である。

この二つの山には、悲しい物語が存在する。私が学生時代に聴いた物語は、その昔、イスタシワトルと言う王女がいて、その王女は王国の一人の勇敢な戦士、ポポカテペトルに恋をしてしまう。

この二人の恋を王様は認めなかった。反対していた王様は、ある日、その戦士が次の戦いで勝利をおさめたら二人の結婚を認めようと約束した。

戦士ポポカテペトルは、次の戦いで勇敢に戦い勝利を挙げて帰還した。

しかしながら、王様は、約束を破り結婚を認めなかった。王女、イスタシワトルは失意の挙句寝込んでしまい,そのまま亡くなってしまう。

悲しみに暮れる戦士、ポポカテぺトルは、その亡骸を抱いて,白い花でつくられたベッドに横たわらせ、そのそばで永遠の松明を掲げて見守ったと言い伝えられている。

この姿が、今のこの山の一つで火山として煙を吐くポポカテペトル山でもう一つが女の人が寝ている姿のイスタシワトル山である。

イスタシワルトの亡骸を抱くポポカテペドル

もう一つの説は,ホセ・ルイス・ロハス・アルダーナの解説によると、イスタシワトル姫はトラスカラから来た男に、『ポポカテペトル戦士は、サポテカとの戦いで死んだ』と告げられる。

そして、その男は姫を妻にしたのでした。

ある日、古代メヒコ帝国の軍団が戦いから帰還し、この時は勝利を祝う太鼓はならず、軍団の服は破れ、羽飾りは土と血にまみれていた。これは『負け戦の帰還』であった。

戦士を待っていた女たちは泣き叫んでいた。

しかし、軍団の中に誇りを失わず勇敢に敵と戦ったと思われる戦士の姿を見つめる泣かない女がいた。

戦士と女との目が合うと。女は気絶しそうになる、この戦士は、女がかつて愛と忠実を誓い合った恋人だったのである。

そして、女は、傍らのトラスラから来た男に目をやり、『自分をだましたな』と激怒した。

トラスカラの男は女を連れて逃げたが、それに気づいた戦士は武器を握って二人を追った。

やがて追いつき、争いとなったがトラスカラの男は女に傷を負わせ、女はそれがもとで亡くなってしまう。戦士は、亡骸のそばで大泣きして、モクレンの花でつくった冠を女にかぶせた。

この時、戦士は,死の使者、トラウエルポチが黒雲に乗って空をよぎるのを見た。

雷が落ち、天変地異が起こり、夜が明けると一晩で、雪を頂く二つの山が現れ、一つは白い花でできた棺の上に横たわる女の姿で、もう一つは高い山で、女の足元に立つ戦士の姿であった。

続いて、南米のボリビアとペルーに伝わる伝説で、両国の国花となっている『カンツータ』の言い伝えである、Cantuta,、ケチュア語ではQantuと書くがケチュア語には文字がない。、『イリマニ山の雪と国花、カンツータ』

私は、1977年10月、チリ―のサンチャゴから真夜中の海抜、4,071メートルのボリビアのラパス空港へ到着した時、夜空は晴れ渡り、海抜6,000メートル以上の白雪をいただくイリマニ山は幻のように眠っていた。

マイクロバスで海抜3,800メートルの市内へ降りてゆく途中、暗闇の中、黒い山高帽のポンチョをまとったインカの末裔がもくもくと歩く姿がマイクロバスのライトに照らし出された。

ボリビアの歴史をずっと見つめてきたアンデスの山々、4,000メートルの高地で昔と変わらないジャガイモ作りに精を出すインディオ達、彼らは幸せだと思う。

ある夜、民族音楽を聴きに行った。かなりモダン化していたが、日本人以外に域内の色々な国からの来客があり、それが舞台と一体となってリズムを取り各国をたたえる姿は実に美しい。

やがてボリビア人が私に赤い小さなかれんな花を胸につけてくれた。この真っ赤な花がボリビアの国花、”カンツータ”である。

この花には、悲しい物語がある。その昔、若い戦士は二人の美しい姉妹の妹に恋をした。

これをねたむ姉は、その戦士が戦場へ行った留守に妹を一羽の鳥にしてしまう.戦場から帰った、その若い戦士はいっしょけんめいに探すが、ついに見つからず、姉との恋に落ちる。

しかし、姉はデートで付きまとう鳥となった妹が邪魔になって,あの鳥を弓で射れとせまる。

戦士がその通りにすると、矢は鳥に命中し、傷ついて鳴きながら飛んでいく姿を追った戦士は山の向こうに傷ついて倒れる妹、カンツータの姿を見つけて悲しみに暮れるが、妹はそのまま戦士に抱かれて息を引き取る。

カンツータの花:ボリビア/ペルーの国花
イラスト:エンリケ設楽

やがて、その地に真っ赤な小さな花が咲き人々はこの花を”カンツータ”と呼び、ボリビアの国花としたという。

真っ青な空、真っ白なアンデスの雪、そして真っ赤なカンツータの花、悲しい物語が秘められているとはとても思えないボリビアの強烈な印象として焼き付けられた。

(1977年10月、日本生産性本部・南米調査団に参加した報告書から)

ボリビアに、このカンツータにまつわる伝説がまだある。これは、人の名前としてのカンツータではなく、『幸運を呼ぶ花』と崇められているお話である。

昔々、あるところに、将来皇帝となる子供が誕生した、その子は宮廷外で生活して育っていく。

ある日両親から宮殿に上がるよう告げられる。

宮殿に入りと、先生から斧の使い方を教えられ、いろいろな人と会うようになる。宮殿は広く,立入ってはいけないところも沢山あった。そして、ある時、『パナコッチャの祭り』を経験する。

その舞台には四隅にカンツータの花が飾ってあり、ばあ―やがカンツータの花を持ってきてくれて,その子に渡して言った。『祭りが終わるまで大事にしなさい。これはカパコッチャが神様の基へ幸せを願う意味が込められているのです』と言われた。

そして、兄さんが南の方の戦いに行くとき、民衆はカンツータの花をもって幸運を祈った。

そして、戦いに勝利して、みんな無事に帰還してそれまで暴れて噴火していた火山は収まり、蔓延していた多くの病が治った。

その子が自分の部屋へ戻ると、その部屋のそばにはカンツータの花が咲き誇っていた。このように平和をもたらす花であることを伝えている。

 

※イラスト:ポポとイスタシの写真
1998年頃に、著者がメキシコ在住時にお菓子の箱の挿絵が綺麗だったので、それを写真撮影して保存していたもの。お菓子の名前は不明

※イラスト:カンツータの花、エンリケ設楽(著者のが描画)

 

(エンリケ設楽)

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