ペメックス設立とメキシコ石油産業近代史

1910年の起こったメキシコ革命を境として、メキシコの石油産業は大きな変遷を遂げた。

それまでは、ポルフィリオ・ディアス長期政権により外資依存の展開が行われていたが、この長期政権に反対する勢力が革命の狼煙を上げて、それは全土に拡大して長期化した。

先ず、フランシスコ・マデロが先陣をきったが、やがて暗殺されてしまい、その後は各地のカウディージョ(Caudillo:軍人首領)や農民リーダーへと展開していった。

この農民リーダーの中で、活躍したのが、北のフランシスコ‣ビージャ(パンチョ・ビージャ)であり、南の農地改革を掲げた、エミリア―ノ・サパタであった。

革命は成功したが、その後の混乱と紆余曲折により、1930年の革命党設立まで政治は安定しなかった。この革命党が、その後長期政権を維持することとなる、制度的革命党(PRI)である。

1934年に大統領に就任した人が、ラサロ・カルデナス(Lazaro Cardenas)で外資を中心とする18社の資産を強制収用して、石油産業を国有化し、1938年3月18日にメキシコ石油公社(PEMEX:Petroleos Mexicanos)を設立した。

その後は、1970年就任した、ルイス・エチェベリア・アルバレス政権までは、『再生不能な天然資源は国内需要の不足を主目的とすべきで、輸出は余剰が生じた場合に限定する』という伝統的な石油政策を保持した。

しかしながら、1976年に就任した,ホセ・ロペス・ポルティーヨ政権は、『経済危機を乗り切るため原油生産を拡大』し、原油輸出の方針に転換した。

メキシコの原油生産は、PEMEXへの投資が思うようね出来ず、現状簡単比較を試みると、次のごとくである。

2019年の原油生産量は、日量:1,670,000バーレル(前年比7.2%減)埋蔵量は11億バーレル(世界18位)、中心はカンぺチェ海底盆地で、確認埋蔵量は下降線である。

 

メキシコの原油の性状

油種 API 度 硫黄分(wt.%)
Maya 21.0~22.0 3.4~3.8
Isthmus 32.0~33.0 1.8
Olmeca 38.0~39.0 0.73~0.95
Altamira 15.5~16.5 5.5~6.0

 

 

リファイナリ―の現状

Area 日糧(バーレル)
Cadereyta 275,000
Cd,Madero 190,000
Minatitlan 185,000
Salamanca 245,000
Salina Cruz 330,000
Tula 315,000
Total: 1,540,000

原油輸出は、2014年、日量、1,140,000バーレルで、其の69%が米国向けで、大半はMaya原油である。PEMEXは米国テキサスのDeer Park Refinery の50%の権益を所有しておりMaya原油を処理している。

また、米国・メキシコ原油スワップ協定(2015があり、米国シェール・オイル軽質油とメキシコ重質油をスワップしている。

現、メキシコAMLO 政権は新規大型リファイナリー建設計画を持っているが、投資と原油生産量、さらに世界的原油価格低迷が大きな問題である。

 

 (エンリケ設楽)

 

参考資料

 

イラスト:エンリケ設楽

 

Latin American Researcherの最新情報をお届けします

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です